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講話

7月1日 朝礼

おはようございます。
 挨拶という言葉を掲げて4週目に入ります。今日で最後にしますが、もう少しだけ話します。

 バスや広電の電車を降りるときに、お客さんが運転手さんに「ありがとうございます」という光景をよく見ます。私は、35年前に広島に来るまで、自分の住んでいた所では、そんな光景を見たことがなかったので、広島に来て初めてその光景を見たとき、広島の人たちは何と礼儀正しく気持ちの優しい人なのだろうと、素直にそう思いました。君たちもぜひ、そういう一言を自然にかけることができるようになってもらいたいと思います。

 ところで、この、バスや電車を降りるとき、或いは、買い物をして品物を受け取るときに「ありがとう」と感謝するのはおかしいという意見を、最近読みました。お金を払っているのだから、そういうサービスをしてもらうのは当然であって、感謝をする必要はないという理由だそうです。言いたくなければ言わなければいいだけのことで、こんなことについて議論をすること自体、大変空しいことだとは思いますが、「感謝する必要がない」と言い切るところに、すごく寂しいものを感じるので、このことについて少し考えてみました。

 無条件にお世話になったときには、もちろんお礼を言わなければなりません。でも、それはそれとして、感謝の気持ちを表すというは、たとえば、お金を払ったかどうか、自分が当然やってもらう立場かどうか、そんなことには関係ありません。自分のために時間を使ってくれた、自分のことを配慮してくれた、その相手とのコミュニケーションの気持ちが大切だと思います。前にも同じことを話しましたが、感謝の言葉も、自分のために何かをしてくれた相手との関係を蔑にはしませんという気持ちを表すものだと思います。実際にそこにその相手がいるのに、まるでいないかのように振舞う態度は、人として寂しいしものです。誰もひとりで生きているわけではないので、そういう人と人との関係を、大切にしなければならないと私は思います。

 中1の保護者の方で、子どもがまだ入学する前に広島学院に来られたときに、生徒が気持よく挨拶をしてくれた、校内のよくわからないところを快く案内してくれた、それで広島学院は本当にいい学校だと思ったという話を、私は地区会で何人かのお母さんから聞きました。先週のオープンスクールでも、来校された方をきちんともてなしてくれた生徒は多かったし、また最近、元気に挨拶をする生徒が増えてきたような印象も受けます。この生徒たちは別に意識はしていないでしょうが、確かに目の前にいる人との関係を大切にしているのです。こういう生徒がたくさんいることを嬉しく思います。挨拶の大切さをみんながわかってくれている学校になればいいなと思っています。

 挨拶の話はこれぐらいにして、今日で期末試験まであと1週間です。試験の結果が成績に結び付くので、試験はどうしても点数が気になります。もちろん、点数も大事ですが、学校の定期試験は、点数よりも、その結果が出るまでのプロセスが大事です。すなわち、今週、みんなはどんな努力をするか、それが最も大切です。君たちにとって、努力が足りないということはあっても、無駄な努力というものはありません。中間試験の1週間前よりは、進歩、成長したと言えるように、惜しまず努力をしなさい。今日からクラブはなくなり、放課後、自主練も遊ぶこともできません。学校に残って勉強をするか、家に帰って勉強するか、そのどちらかです。5時には完全下校です。学校全体が、勉強の雰囲気になるように、みんなで意識してください。