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1117全校朝礼 「与える幸い」

 先ほど奉仕委員会からお知らせがあったように、今年も12月25日に行われる「八幡学園クリスマス会」の準備が始まりました。これは、広島学院にとって、古くから続く、大切な伝統行事の一つです。
 始まったのは、今からもう60年以上も前。被爆後20年も経過していない大変な時代の中で、先輩たちが「自分たちに何かできることはないか」と考えて始めた行事が、途切れることなく60年以上も受け継がれて、今、皆さんの番になっている。すごいことだと思います。
 毎年、参加した生徒たちは、八幡学園の元気いっぱいな子どもたちから、本当にたくさんのものを受け取って帰ってきます。

 ある先輩の話をします。
 彼は、中学の頃はよく笑う生徒だったのですが、高校生になるにつれて、だんだんと表情が硬くなり、あまり笑顔を見せなくなっていました。思春期ですし、勉強や部活、人間関係でいろいろと悩むこともあったのでしょう。先生たちも、少し心配していました。
 その彼が、高1の時にこのクリスマス会に参加しました。 私は当日、隅でその様子をそっと見ていたのですが、本当に驚きました。 彼が、小学校1年生くらいの小さな男の子をおんぶして、下グラウンドを全力で走り回っていたのです。その顔は、その当時2、3年見たことのないような、本当に嬉しそうな「満面の笑顔」でした。 その笑顔を見て、私は心からホッとしました。
 後で彼に少し話を聞いてみました。 彼は、少し照れながらこう言いました。
 「僕は正直、今までボランティアのようなことをしたことがありませんでした。でも、何か自分にもできることがあるかな、と思って参加してみたのです。でも、実際は違いました。僕の方が、元気いっぱいな子どもたちから、たくさんのことを受け取ったし、教えてもらった気がします。」
 彼のこの言葉は、このクリスマス会に参加した多くの先輩たちが、同じように感じてきたことだと思います。 誰かのために、何かを与えようとして参加する。でも、実際には、子どもたちの無邪気な笑顔や、まっすぐなエネルギーに触れて、自分の方が元気をもらったり、大切なことに気づかされたりする。彼の体験は、まさに「与えようとして、与えられる」という体験でした。

 新約聖書の中に、「受けるよりも与える方が幸いである」という主イエスの言葉が記されています(使徒言行録20章35節)。 この先輩は、この「与える幸い」を、頭や言葉としてではなく、体全体で、心で学んでくれたのだと思います。これは、机の上の勉強では学べない、とても尊い体験だと思います。

 今年も、高1奉仕委員会が中心となって、準備と運営を担当してくれます。 でも、これは彼らだけのための行事ではありません。60年以上続く、広島学院全体の伝統です。直接参加しない学年の皆さんも、ぜひ関心を持ってほしいと思います。クリスマス会を充実させるために、自分のお小遣いの中からできる範囲で寄付をする、という形でも関わることができます。

 クリスマスは、プレゼントをもらう日、と楽しみにしている人も多いでしょう。それはそれで、とても素敵なことです。 でも、学院生である皆さんには、この季節、ぜひ、誰かに「与える側」になる喜び、誰かのために行動する喜びについても、心の片隅に留めておいてほしいと願っています。
 準備は大変だと思いますが、担当の皆さん、よろしくお願いします。全校生徒で、今年も暖かいクリスマス会を成功させましょう。