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251217 2学期終業式「暗闇の中の光」

 今日で2学期が終わります。学習に、課外活動に、体育祭、街頭募金といった、何気ない日常の日々は、間違いなく君たちを大きく成長させてくれたな、と実感しています。
 まもなくクリスマスです。本校でも24日には、キャンドルサービスやミサが行われます。ぜひ、奮って、参加してください。

 さて、カトリック教会において、クリスマスは「暗闇の中に、希望の光がやってきた」という出来事として、2000年間、お祝いされ続けてきました。しかし、私たちの住む世界を見渡すと、残念ながらその「暗闇」は深く、広がっているように見えます。
 ウクライナや中近東などでは、多くの市民が住む家や命を理不尽に奪われています。「対話」よりも「暴力」が、「協調」よりも「自国中心」の考えが優先される、分断の時代です。
 また、日本でも、お米の価格高騰をはじめとした物価高、養殖カキの壊滅的状況、経済的な格差が広がり、生活に苦しむ人々が増えています。ネット上では、顔の見えない相手への誹謗中傷が飛び交い、他者の失敗を許さない、少し息苦しい「不寛容な空気」が漂ってはいないでしょうか。こうした重苦しい現実を前にすると、私たちは無力感を感じてしまうかもしれません。

 しかし、学院生である君たちには、そこで思考停止してほしくありません。2000年前のクリスマスもそうでした。イエスは決して平和で満ち足りた時代に生まれたのではなく、貧しく、混乱した、今でいうハラスメントや差別、偏見の強い時代の中に、最も小さく弱い姿で、家畜小屋におうまれになられました。この出来事は、「この現実世界から目を背けず、その痛みの中にこそ希望を灯すのだ」というメッセージだった、と私はとらえています。
 だからこそ、この不安定な時代において、君たち自身が、他者を照らす『光』になってほしい。

 子供の頃、クリスマスは「何かを与えてもらう日」だったでしょう。 しかし、君たちはもう、ただ状況に流され、何かを待つだけの子供ではありません。 世界で起きていることを「他人事」として切り捨てるのではなく、「なぜ争いは起きるのか」「この社会課題に対して自分なら何ができるか」を、その磨いた知性で考え続けてください。
 不寛容な社会において、あえて「寛容」であること。 冷笑的な空気の中で、あえて「熱く」理想を語ること。 自分の利益だけでなく、隣にいる友、そして遠くにいる誰かのために行動すること。これこそが、学院生の皆さんが世界に贈ることのできる、最高のクリスマスプレゼントなんだと思います。

 特に、高校3年生の皆さん。皆さんは今、受験という大きな試練の前に立ち、自分自身の未来への不安と戦っている真っ最中だと思います。しかし、皆さんが今、必死に机に向かい、自分と向き合っているその時間は、決して自分のためだけのものではありません。その苦しみを知り、乗り越えた経験こそが、将来、社会の不条理や誰かの痛みに直面した時、逃げずに立ち向かう力となります。 皆さんの努力は、必ず未来の「光」になります。私たちは全力で応援しています。

 明日から冬休みです。 家族と温かい時間を過ごす時も、どうか心の窓を少しだけ開けて、世界の寒空の下にいる人々に思いを馳せてください。そして、君たちの周りに、笑顔や温かい言葉という「光」を分け与えてください。
 君たち一人ひとりが、希望の光そのものです。 健康に留意し、充実した冬休みを過ごしてください。

 以上で、2学期の話を終わりますが、今日はこの後、演劇部の皆さんが朗読劇「永井隆物語」を上演してくれます。今年は、被爆80年という節目の年でした。永井博士は、長崎で被爆し、最愛の妻と自身の健康、そして財産のすべてを失いながらも、絶望の淵から「平和」と「愛」を訴え続けられました。彼はまさに、原爆という最も深い「暗闇」の中で、自らを燃やして周囲を照らし続けた「光」そのものでした。
 被爆地・広島にあるイエズス会学校の生徒として、この劇から受け取るメッセージを胸に、温かい灯を心に灯して、冬休みへと向かってほしいと思います。