暦の上では一年で最も寒さが厳しい「大寒」も近づいています。来週はいよいよ、本校の中学入試。 皆さんは、自分が受験生として、古江の坂道を登った日のこと、ボンバスに揺られたあの日を覚えていますか? 緊張で心臓が高鳴る音、かじかむ手、白い息。 中1の皆さんは一年前、高2の皆さんは5年前のことですが、あの独特な空気感は、記憶の底に刻まれているはずです。
実は、私にも、どうしても忘れられない「ある一瞬」の記憶があります。
今からちょうど40年前の冬です。私も皆さんと同じ、中学受験生でした。 第一志望は、当時兄が通っていた神奈川県の栄光学園でした。「兄と同じ学校に行きたい」その一心で勉強し、試験会場に向かいました。
当日は今日のように寒い日で、私はガチガチに緊張していました。顔もこわばっていたことでしょう。 ふと顔を上げた時、試験の手伝いをしていた、見ず知らずの栄光生と目が合いました。 すると、彼は、こわばった顔の私を見て、一瞬、ニコッと微笑んでくれたのです。 言葉はありませんでした。ただ、目が合って微笑んでくれた。それだけのことです。
結果として、栄光学園は不合格でした。 私の他の3人の兄弟姉妹は、皆それぞれの第一志望の中学校に進学していましたから、本意ではない学校へ進むことになった自分を、情けなく思ったこともありました。
けれど、不思議なことに、40年経った今でも、あの栄光生の笑顔だけは、鮮明に焼き付いているのです。 ご縁はなかったけれど、あの笑顔を思い出すたびに、「ああ、栄光学園を目指して頑張った日々は、間違いじゃなかったんだな」と、自分の努力まで肯定してもらえるような気持ちになります。 たった一瞬の笑顔が、不合格という辛い結果すらも、温かい記憶に変えてくれたのです。
来週、この場所には、かつての私や皆さんと同じように、不安と希望を抱えた小学6年生たちがやってきます。中1のお手伝いの生徒以外の皆さんは、受験生と直接目を合わせたり、微笑みかけたりすることはできません。 しかし、直接会えなくても、皆さんの「真心」を伝える方法はあります。それは、「場を整える」ということです。
今週、皆さんが行う掃除の一つひとつに、思いを込めてください。 黒板をきれいに拭くこと、机の列を整えること、廊下の隅の埃を払うこと。窓ガラスを磨くこと。 皆さんが作る「整えられた静謐な空間」は、40年前、私が出会った栄光生の笑顔と同じように、言葉を使わずとも、受験生の緊張をほぐし、「君なら大丈夫だ」と語りかける力を持っています。皆さんが整えてくれた教室の空気は、合格する子にとっても、そして残念ながら今回はご縁がなかった子にとっても、「広島学院に来てよかった」「いい学校だったな」という、一生消えない温かい記憶になるはずです。
聖書に、このような一節があります。
「旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、知らずに天使をもてなしました。」(ヘブライ人への手紙 13章2節)
来週やってくる受験生たちは、皆さんにとって見知らぬ「旅人」かもしれません。 しかし彼らは、これからの未来を作る大切な「天使」でもあります。
直接会うことは叶いませんが、40年前のあの栄光生が私にしてくれたように、今度は皆さんが、学校の雰囲気という「笑顔」で、天使たちをもてなしてあげてください。
皆さんの優しさが詰まった校舎で、学院兄弟のまだ見ぬ末っ子たちを迎えられることを期待します。