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0228 卒業式式辞

 65期生の皆さん、卒業おめでとう。 
 先ほど、マタイによる福音書の朗読を聞いてもらいました。弟子たちが乗った舟が、強い向かい風に煽られている。そこへイエスが水の上を歩いて近づいてくる。ペトロは「私も歩かせてください」と願い出て、勇気を持って舟から降り、水の上を歩き始めます。しかし、強い風を見て怖くなり、沈みかけ、「主よ、助けてください」と叫ぶ、という場面でした。 
 なぜ、この卒業というハレの日に、ペトロが「沈みかける」話をあえて選んだのか。それは、このペトロの姿こそが、今日ここから旅立つ君たちの「これまで」、そして「これから」の歩みそのものだと感じるからです。 

 時計の針を少し戻しましょう。君たちが広島学院の門を叩いたのは、2020年4月。まさに新型コロナウイルスという世界的な「嵐」が吹き荒れた年でした。真新しい制服に袖を通したものの、待っていたのは慣れないオンライン授業の毎日。せっかく中学受験という大きなハードルを越えたのに、仲間と肩を組むことも、大声で笑い合うことも制限されました。 
 先の見えない嵐の中にあっても、君たちは決してうつむいてばかりではありませんでした。中1の7月、ようやく開催できたクラス対抗のキックベース大会。初めてグラウンドに響き渡った、あの元気いっぱいの歓声を私は忘れません。11月にようやく実現した宮島遠足で見せた笑顔もそうです。それらは、厚い雲の隙間から差し込む、確かな希望の光でした。 
 すぐに青空が広がったわけではありません。徐々に学校生活が平常に戻っていく過程でも、君たちは常に「何かを我慢する」ことを強いられてきました。「当たり前のことが、当たり前にできない」。そのもどかしさを、誰よりも味わった学年です。 
 その抑え込まれたエネルギーは、決して消えて無くなったわけではありませんでした。むしろ、「奪われた経験があるからこそ、今できることを全力でやり抜く」という、君たち特有の強さへと変わっていった、と私は感じています。それゆえ、上級生になってからの学校行事にかける君たちの思い入れは、深く、熱かった。 

 高2の体育祭。閉会にあたって、体育委員長の大谷君が後輩の66期生に向けてこんな言葉を残しました。 
 「最後に僕からのお願いがあります。来年度の種目を決めるとき、高3の『46人47脚』は、絶対に残してください。今日、64期の先輩方の力を合わせて走り切る姿を見て、僕たちも来年、高3になったとき、ぜひ、先輩方のように、この学年の皆で46人47脚にチャレンジしたいのです」 
 そして月日が流れ、迎えた高3の体育祭。あいにくの雨天決行、短縮日程での開催となりました。65期の46人47脚。あるクラスは、練習以上のタイムで走り切り、皆で雄叫びを上げました。あるクラスは、途中で足がもつれ、バタバタと倒れてしまいました。それでも決してあきらめず、泥だらけになりながら、最後まで声を掛け合って皆で走り抜きました。その時、会場全体が温かい拍手で包まれた光景を、皆さんはよく覚えているのではないでしょうか。雨の泥の中でも誰一人として腐ることなく、一つ一つの瞬間を大切にし続けた君たちの姿は、私たち教員、そして後輩たちの胸を強く打ちました。 

 君たちは、この6年間で逞しい青年へと成長しました。 しかし、成長するというのは、単に知識が増えたり、身体が大きくなったりすることだけではありません。「自分の弱さを知る」こと、そして「世界の複雑さを知る」ことでもあります。 
 4月、ブラスバンド部の引退公演となる定期演奏会で、部長の永田君がこんな言葉を残しました。 
 「最初は、新しく始めたトランペットが楽しくて楽しくてしょうがなかった。ところが、途中から壁にぶつかり、それ以来、迷いながら演奏している。今日も正直、迷いながら演奏している」 
 この姿は、先ほどの聖書のペトロの姿と、見事に重なるように私は感じます。ペトロも最初は「主よ、あなたのところへ行きたい」という一心で、意気揚々と水の上に飛び出しました。しかし、吹き荒れる「強い風」を目の当たりにした途端、現実の恐ろしさに足がすくみ、迷いが生じ、沈みかけました。 

 己を沈みかけさせるほどの「強い風」や「壁」。それらを肌で感じざるを得なかったことも、皆さんの6年間の現実であったと思います。フィリピンやカンボジアでの研修、釜ヶ崎での体験学習、上幟町公園での炊き出し、八幡学園や地域での学習支援。君たちは「誰かのために」という純粋な情熱で飛び出したはずです。しかし、圧倒的な貧困や孤独、これに対し「自分に一体何ができるのか」という巨大な壁にぶつかり、己の無力さに沈みかけるような思いを抱いたのではないでしょうか。そして、もっと身近な現実として、自分自身の進路。「もうやめたい」と投げ出したくなるような受験勉強の重圧の只中で、まさに「沈みかける」ような思いをした人もいるはずです。それでも、君たちは決して投げ出さなかった。 
 永田君は「迷いながら演奏している」と言いましたが、その迷いの中での演奏は、聴く者の心を震わせる誠実な音色でした。 ペトロは沈みかけましたが、そこで終わりではありませんでした。「助けてください」と叫んだ時、すぐに差し伸べられた手がありました。 
 あの雨の体育祭。足がもつれて泥だらけになりながらも、決してあきらめず、仲間と声を掛け合って立ち上がり、走り抜いた君たちの姿は、まさにペトロの姿そのものです。これから君たちが歩む道は、決して平坦ではありません。それぞれが独自のミッションに気づき、今、その入り口に立ったばかりです。 
 これから先も、壁にぶつかり、「迷いながら」歩く日が必ず来ます。いや、「迷いながら歩く」ことこそが、安易な答えに逃げず、真理を探究している証拠なのです。自分自身の弱さを認め、他者の痛みに共感すること。それが広島学院で学んだ「For Others, With Others」への道です。泥だらけで倒れた時に仲間が声を掛けてくれたように、沈みかけたペトロをイエスの手が掴んだように、迷った時には必ず誰かの手が君たちを支えてくれます。そして同時に、君たちが、社会の荒波の中で沈みかけている誰かに、手を差し伸べる存在にもなってください。「迷いながら演奏する」勇気を、どうか持ち続けてください。 

 最後になりましたが、保護者の皆様に、心よりお祝いと御礼を申し上げます。 
 今から6年前の入学式の日。本来ならば喜びに満ちたハレの日であるにもかかわらず、私たちは皆様を、ご子息の教室にさえご案内することができませんでした。あの日の心苦しさは、今も忘れることができません。 
 あれから月日が流れました。広島学院におけるイエズス会教育、海外交流、部活動に明け暮れる日々を通して、あの日まだあどけない「男の子」だったご子息は、立派な青年となり、無事に大人の仲間入りを果たせたでしょうか。 もしそうであったとすれば、それはひとえに、雨の日も、雪の日も、風の日も、決して変わることなく注ぎ続けられた、皆様の絶え間ない愛情のおかげであります。教職員一同、深く感謝申し上げます。 

 第65期生の未来が、そしてご家族の皆様の歩みが、神様の豊かな祝福に満たされますように。 本日は、誠におめでとうございます。 

令和8年 2月28日 

広島学院高等学校 
校長 阿部 祐介