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20260715 1学期終業式 「声なき声との対話」 

 今日で1学期が終わり、明日から夏休みに入ります。各クラブの公式戦、定期演奏会、文化祭と、目まぐるしく忙しい1学期でしたが、いよいよ夏休みが始まる、と思うだけでも、なんともうきうきしてきますね。 

 先日、私も心が晴れやかになる出来事がありました。 

 ある上級生たちが、 「校長先生、僕たち、今年の平和記念式典で、合唱するんです」 と目をらんらんと輝かせながら教えてくれました。当日、彼らが真心を込めて歌っている姿を想像すると、何とも心の安らぎを覚えます。 

 昨年、この1学期終業式で核廃絶ネゴシエーターの高橋悠太さんにお話しいただいたことを覚えている人も多いでしょう。あの被爆80年講演会から1年。この間も世界ではさまざまな紛争が続き、連日のように誰かが誰かを激しく非難する、ののしりあう声が飛び交っています。そんな中、平和式典での合唱参加の報告をしてくれるような生徒たちが私たちの学校にはたくさんいることを、心から嬉しく思っています。 

 さて、今日はある一人の卒業生の生き方を通して、「声なき声との対話」についてお話したいと思います。 

 今学期の全校朝礼で、9月、劇団ハトノスによる『Pica』という演劇を全校生徒で鑑賞することをお伝えしました。この劇団を主宰している青木文太朗さんは、本校の52期生です。学院時代の彼は、演劇部では、あくまでもサポートメンバー的な存在で、むしろ野球部で毎日泥だらけになってボールを追いかける、ごく普通の学院生でした。 

 そんな青木さんは、一橋大学に進学して演劇の魅力に取り憑かれました。演劇どっぷりの青春時代を謳歌した後、一般企業に就職。コロナ禍による業績不振という憂き目にあう中で、「演劇を続けたい」という思いから劇団ハトノスを立ち上げました。この劇団は、主に「広島と今の社会」をテーマに演劇活動をしています。青木さんは、現在はフリーランスとして、演劇に関するあらゆるお仕事をこなしつつ、泥臭く、自分の作品を創り続けておられます。 なぜ彼は、そこまでして演劇に魅せられているのでしょうか。そしてなぜ、遠く離れた東京の地で、「広島」の劇を創り続けるのでしょうか。 

 9月に上演される『Pica』は、「黒い雨訴訟」という実際にあった出来事を背景にしています。 

 8月6日、爆心地から離れていて、熱線や爆風からは逃れられた人たちがいました。しかし彼らの頭上に、空から真っ黒い雨が降ってきました。その雨に濡れただけで、何年も経ってから原因不明の病に倒れる。髪が抜ける。それなのに、国からは「あなたは爆心地にいなかったから被爆者ではない」「気のせいだ」と切り捨てられ、長年、誰にも助けてもらえずに孤独の中で亡くなっていった人たちが数え切れないほどおられました。「黒い雨」の被害者たちです。彼らの声は、戦後社会の中でかき消され続けていた「声なき声」でした。青木さんは、この「声なき声」を、今の時代を生きる若者たちの日常の悩みと交差させながら、ひとつの作品にしました。 

 先日、私が青木さんとお話しして一番心を揺さぶられたのは、彼の抱える葛藤でした。 

 青木さんは被爆3世ですが、東京に出るまで、広島や平和についてあまり深く考えたことはなかったそうです。 

 「祖父は原爆の体験を話してくれたことは、結局なかった。自分は直接戦争を体験したわけでも、黒い雨を浴びたわけでもない。そんな自分が、彼らの痛みを分かったような顔をして劇にしていいのか。それは、おこがましい行為なのではないか」。 

 青木さんは常に、そんな戸惑いと闘いながら脚本を書いているとおっしゃっていました。 

 でも、青木さんは逃げませんでした。自分が演劇で表現しなければ、押し殺された「声なき声」は、少しずつ世の中から消え去ってしまうのではないか…。 だからこそ彼は、映像やネットではなく、生身の人間が同じ空間で呼吸をする「演劇」にこだわります。青木さんは、演劇という空間を使って、死者と生者の「対話」をしようともしているのだな、と思います。 

 平和を願うということは、決して誰かを声高に論破したり、正義を振りかざして政治的なスローガンを叫んだりすることだけではありません。 

 青木さんのように、「おこがましいのではないか」と悩み傷つきながらも、見過ごされそうな他者の痛みに寄り添い、自分なりのやり方で過去と向き合い続けること。真心を込めて「声なき声」と対話しようとするその真摯な姿こそが、「For Others, With Others」の形の一つではないかと私は思います。 

 まもなく、今年も8月6日がやってきます。私たちの足元にある広島という街の「声なき声」に、そして、君たち自身の内側にある小さな声に、どうか静かに耳を澄ませてみてください。  

 それでは、よい夏休みを。